北海道神宮と開拓神社に初詣

3日は恒例の初詣、なぜ3日かと言うと、1日と2日は混んでるからです
人混みと並ぶのが苦手なので・・・


私の自宅は北海道神宮本殿まで徒歩10分ほど・・・

ゆっくり歩いて、写真撮って、お参りして、お札を買って、
おみくじひいても30分以内に帰って来れます


      途中のお店の前は超混雑だったけど、本殿の前は結構空いてる

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北海道神宮の中に、あまり知られてはいないけど、「開拓神社」があります


私が小学校の頃は、「北海道開拓史」という授業も・・・

それくらい、北海道開拓の歴史は私たち道産子にとって大切なものでした



地下鉄「円山公園」駅から、円山公園を通りぬけて神宮へと上っていくと

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             坂を登りきったところの左側に小さな社

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                    開拓神社


            北海道開拓の功労者37人の名前が

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            そしてそこに私の祖先が祀られています
            
            私は直系7代目


参拝の人はほとんど通り過ぎていきますが、私はいつもそこからお参りします



私の祖先は函館の船大工

幕末に黒船が函館に来航した時、

黒船を真似て、日本で初めての西洋式帆船「箱館丸」を作った人です



青函博の時に箱館丸が復元され、その後父と函館市がその船を寄贈


          今でも函館の埠頭にあります、少しさびしそう・・・

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          箱館丸の復元が、父のライフワークでした・・・




私はいつも祖先に守られて育ちました

そして今もまたその地で生活し、仕事をさせていただいていることを、

本当に幸せだと思います



北海道神宮に参拝に行く機会がありましたら、

是非開拓神社にもお立ち寄りください

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この記事へのコメント

ひろ
2011年01月03日 20:29
謹賀新年のタイトルの方にコメントいれました。台風
にゃろめ
2011年01月04日 22:55
北海道には両親も大好きなので良く行きます。
なぜか“アイヌ語辞典”という日本に1種類しかない(その当時ですが)辞典も発行された時に父が予約して買いました。
何に使うのかは不明です・・・(笑)。

私は、初詣は山梨県の夫婦木神社という所に両親と行きました。今年も健康で充実した1年にしたいですね!
ほのぼの
2011年01月05日 14:01
一昨年、友人を案内して初めて白老のアイヌ民俗博物館「ポロトコタン」に行きました。
地元にいると、なかなか行く機会がないものです。

夫婦木神社、素敵な名前ですね
きっと今年はにゃろめさんにとって素晴らしい事がありそうですね

ハッピーな1年になりそうです
塩飽より
2013年10月05日 10:43
続豊治様の御子孫と見うけました。私は塩飽生まれで下北川内へ北前船造船技術を伝えた子孫になります。本を書くために北海道までゆきましたがなかなかうまく行きませんでした。北海道行く機会がありましたらよろしく。 咸臨丸子孫の会
ほのぼの
2013年10月06日 19:37
塩飽よりさんコメントありがとうございます
塩飽からありがとうございます。
咸臨丸の子孫の方なんですね!
しかも、北前船の造船にかかわっていた方の子孫の方にコメントをいただいて、とても嬉しいです
北前船は北海道の物流にとって、とても重要な役割を果たしていましたので・・・。

函館の「五島軒」というレストランは私の親戚で、生前祖父が支配人をしていて、祖父が若くして亡くなった後も父は「五島軒」でお世話になっていました。
「五島軒」の中に資料館があって、幕末の頃の記録も残っていると思います。
ぜひ一度お越しください
それと、函館の西埠頭に豊治の造った「箱館丸」の復元船があります。
野晒しですが・・・
機会がありましたら、お立ち寄りください
塩飽より
2013年10月07日 09:56
今度塩飽の歴史の本を出します。その取材に北海道に参ったのですが残念でした。続豊治の両親の故郷は下北半島川内生まれで船大工です。公儀船方の塩飽の丸尾五座衛門は三五〇年前造船所を作ります。北前船年間五〇隻も作る大造船基地となり箱館図書館の岡田様も続家と同じ経歴です。川内の塩飽の本家筋が留萌に移り札幌でも住んでいるようです。「塩泡、しわく」姓ですのでおそらく間違いないと思っております。塩飽史でも箱館丸建造に触れております。
ほのぼの
2013年10月07日 22:20
塩飽よりさんコメントありがとうございます
貴重なお話しありがとうございました。
今年8月に北海道神宮から発行された「開拓の群像」という小冊子によると、豊治は松前の生まれで、父が亡くなった後に船大工の養子になって函館に移り住んだ、と書かれてあります。
塩飽の歴史の本も興味深いです。

ところで、北前船の復元船が小樽に入港した時、私の母は小樽まで出かけて、関係者の方とお話しさせていただいた、と申していました。
母は嫁いできた身でありながら、我が家の歴史を最も詳しく知っています。
毎年8月15日に行われる開拓神社例祭には、直系の子孫として父が亡くなった後も母は一人で出席しています。
「塩飽史」のことも、きっと興味を持つと思います

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