大通公園と実家のライラック

「さっぽろライラックまつり」の最終日、大通に出かける用事があったので、大通公園を散歩してみました~

今年は例年より暖かいとは言え、ライラックは満開とまではいかず・・・


でも、白や薄紫のライラックは処々に綺麗に咲いていました

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やっぱりライラックと言えば薄紫のイメージ

大通公園は、観光客と思われる人、のんびりお散歩をする人、家族連れ、一人で写真を撮っている人・・・、沢山の人で賑わっていました

お天気は良かったけれど、風が強くて、写真撮影は大変~

お花はじっとしてくれませんからね


それでも、こんな素敵なツーショットが撮れました~

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薄紫のライラックと札幌テレビ塔

どちらも札幌のイメージキャラクターみたいな感じですね



そして実家に行くと、お庭は1週間前とは全く違う雰囲気

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桜が散って、ハナカイドウ

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蜂がとまっていました

今の季節は、お庭に蜂が多いけど、ついカメラを持って近づいてしまい・・・


そして、木瓜(ボケ)の花

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この木瓜は、昔おばあちゃんの部屋の窓の下に植えてあったもの

おばあちゃんの部屋にボケ・・・

お婆ちゃんごめんなさ~い

私はおばあちゃん子だったから、なんだかとても懐かしいなぁ・・・



ライラックも咲き始めていました

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実家のライラックは濃い紫

去年はあまり咲かなかったけど、今年はとっても綺麗に咲いてます


ライラックと石楠花

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この石楠花は何故か他の石楠花より開花が遅くて、いつもライラックと一緒に咲くのです

ライラックに合わせているのかなぁ・・・


さらに、先週咲いていなかったツツジも

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この時期は毎週末に実家に行くのがとても楽しみ

いつも違う景色が見られますからね~



そして、明日から6月

暦の上では夏ですね

6月は私にとって一番大切な月


1年間無事に過ごして来られたことに感謝しながら・・・


札幌が最も美しくなる季節を、大切に過ごしましょう~



来月もイベント盛りだくさんで・・・、楽しみだなぁ~



体調管理、頑張りま~す

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この記事へのコメント

太朗冠者
2012年05月31日 23:41
梅雨がない北海道いいな~
ピンクのかすみそう
2012年06月01日 00:02
仙台の我が家の庭にもたくさんの花と、の家庭菜園も元気にそだっています。そしてのあと小さいさくらんぼが、今年は、たくさん実をつけました。食べるより見て楽しんでます。せっかちのお返事ありがとうございました。わかりやすかったです。
ほのぼの
2012年06月02日 00:36
太郎冠者さんこんばんは
そうですね、これから8月までが最も良い季節ですね~
北海道は冬が長くて雪に埋もれているので、これに梅雨まであったら大変です
こうしてバランスがとれているのでしょうね
ほのぼの
2012年06月02日 00:51
ピンクのかすみそうさんこんばんは
私が子供のころは実家の庭にさくらんぼと栗と梅の木がありました。
いつもさくらんぼの木に登って食べて、栗の実を拾って茹でて食べて、梅の実を拾って梅干しにして・・・
食べてばっかりで、花のことは全然覚えていないのですが・・・
せっかちなんて言ったら、北海道の人に怒られちゃうかもしれませんが、岩手にいたころに比べると、やっぱり違いますね。
住んでいると気づかないものですね
私も最近ではせっかちな北海道人に戻ったかもしれません
北斗星
2012年06月03日 21:15
先日からの「北海道の人はせっかちだ」は、かなりまずいんじゃないですか~
芸人スギちゃんなら「道民550万人敵にまわしちゃったぜ~」と言いますよ。
よく言われのは「北海道の人はのんびりしている」「がまん強い」「心が開放的だ」などです。
私も6年進学のため東京に行っていた時期を含めて、生まれから一度もそのような評価は聞いたことがありません。
「北海道の人はせっかち」では、北海道は短気、気が短い人間の集まりになってしまいますよ。
恵庭市に昔から住んでいる人を5人ほど知っていますが、穏やかで普通の人達です。
その中に先祖が明治期に入植した農家の4代目がいますが、「ひいおじいちゃんはすごく苦労したけど負けないで開拓したんだよ」と親から言われて育ったそうです。
北広島市は広島県から、新十津川村は和歌山県十津川村から入植し、望郷の思いで町の名を付け開拓しました。
温暖な広島や和歌山から来た人々が、開拓をしながら厳しい北海道の冬を越すには、明治期の家では凍死の危険性さえあったと思います。その様な状況は明治期の全道で見られたことと思いますが、しかし皆その様な過酷な
状況に耐えて開拓したのです。
その子孫である私たちにも我慢強さがDNAとして受け継がれているのではないでしょうか。
“せっかち”ではその様なことはできないですよね。
ほのぼの
2012年06月03日 23:55
北斗星さんこんばんは
北海道の人を敵にまわす気持ちは全くなかったのですが、そのように感じたのでしたら申し訳ありません。北海道の人が「開放的」「我慢強い」というのは、そうだと思います。来るものは拒まず、という雰囲気は伝わっていますので、道外から移り住む人も沢山いますし、我慢強くなければこの長い冬を越していけるはずがありません。
ただ、私が1大学進学で東北に移り住んだ時は、「とてものんびりしているなぁ」と感じました。そして25年間東北に住んで、札幌に戻ってきた時は、歩くスピードとかいろんなことのテンポが速くて、北海道人の私が驚いてしまいました。でも、東京と比べるとそうでもないのかもしれませんね。
私の祖先は幕末の頃に、日本で初めて西洋式の帆船「箱館丸」を造った凾館の船大工です。私が7代目です。
祖先は、黒船が函館に来た時に、函館奉行の命令で洋船を造ることになり、設計図も何もなかった時代に小さな船をこぎながら黒船の周りをまわり続けて、自分で設計図を作りました。
その途中で、怪しいものとして捕らわれたこともありましたが、船造りはやめなかったのです。その船を造ったのが60歳の頃です。
その功績が認められて凾館御用船大工棟梁となり、明治になって開拓使が西洋型の船の建造を奨励するようになり、亡くなるまでの間に多くの船を造りました。今は北海道神宮の「開拓神社」に祀られています。
「箱館丸」は青函博の時に復元され、復元船は父と函館市が買い上げて、函館市に贈呈し、今は函館の埠頭に保存されています。
船を外側から見るだけで設計図を作るなどということは、我慢強くなければできないことだと思います。
(つづく)
ほのぼの
2012年06月04日 00:08
長くなって申し訳ありません。
私にも祖先の我慢強いというDNAは受け継がれていると思います。そうでなければ「泌尿器科に女はいらない」と言われた時代に泌尿器科医としてやって来れなかったような気がします。これは私と同年代以上の泌尿器科の女性医師はみんな同じだと思います。
勿論、昔の女性医師はもっと大変だった、ということは当然のことですが。

私の個人的なことを書きたくなかったのですが、私にも開拓の時代の魂が流れていることをお伝えしたかった、ということを申し添えておきます。

私は北海道が大好きです。勿論北海道人も。
だからこうして25年の年月を超えて戻って来れたことをとても幸せなことと思っています。
以前のコメントでせっかちのことを「目標に向かってまっしぐら~」と表現したのですが、これは否定的な意味ではなく、目標を決めたらわき目も振らずに努力する、という意味を込めていました。

私の言葉足らずで、お気を悪くされた事をお詫び申し上げます
ピンクのかすみそう
2012年06月04日 00:17
せっかちは、悪い意味で言ったのではありません。ずいぶん昔になりますが親戚のおじいさんが、若い私を助けるつもりで北海道人は、せっかちなんだよと教えてくれたんです。 私の質問にきちんと答えてくれた先生には、感謝してます。
ほのぼの
2012年06月05日 02:06
ピンクのかすみそうさんこんばんは
おじい様が北海道人のことをそう表現されるまでには、きっといろんな出来事や会話があったのでしょうね。
どこの地方にもいろんな人がいて、一言で表せるものではないと思います。特に北海道は全国から移住してきた人によって開拓された土地ですから・・・。でも、いつの間にかその地方特有の雰囲気ができたりするものなのかもしれません。
お国柄、なんですよね

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