「塚本先生ありがとうございました」の会

札幌医大泌尿器科の塚本教授が3月で退官されることになり、同門会のパーティーが催されました

教授の退官の時は、多方面から来賓をお招きして盛大に行われることが多いけれど

派手なことをしたくない、という先生のご意思で

同門会員と秘書の方だけのアットホームな会が行われました



会場は、京王プラザホテル札幌 「雅」

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開催の前に全員で集合写真~


そして、舛森准教授の司会で会が始まり・・・



塚本先生はご挨拶の中で

「泌尿器科医になりたい、という強い気持ちで泌尿器科を選んだわけではないけれど、生まれ変わってもしも医者になったら、また泌尿器科医になりたい」

とおっしゃっていました


それほど泌尿器科医という仕事は、やりがいがあって充実していた

ということなのですね



その御挨拶を聞きながら、私が生まれ変わったら泌尿器科医になるのだろうか・・・

なんて、ふと考えてしまいましたが・・・


う~ん・・・、まず、医者になる・・、ってところでちょっと考えちゃうなぁ・・・

職業的には、音楽関係がいいなぁ・・・、あるいは文系・・・

でも、もし医者になったら・・・、泌尿器科は楽しいけど・・・

どうなんだろう・・・

ちょっとつらいかも・・・


やっぱり、結構過酷なことが多かったような気もするし

マイナーなので、大変な割には軽んじられることもあったり・・・



な~んて、そんなことは辞めるときに考えることにしましょう




ところで、パーティーは立食形式

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これも先生のご希望で

立食のほうが、みんなとたくさん話ができるから・・、ということ


会場内は和やかな雰囲気で、私も塚本先生と懐かしいお話をさせていただきました



と言っても、私が札幌医大泌尿器科の同門に入れていただいたのは今から10年半前

私が岩手から札幌に戻ってきた時



でも、実は、先生とのご縁はもっとずっと昔で

さかのぼること24年前

長野県松本市で開催された、日本泌尿器科学会東部総会


その頃の東部総会は、各大学の親睦を兼ねてスポーツ大会を行っていたのです

今思うと不思議ですが

そして、それまではいつも野球大会ばかりで

野球の戦力にならない私は、発表しないと学会にも行かせてもらえず、留守番ばかり


でも、その年は珍しく、というか初めてテニス大会、しかもダブルス

尿失禁関連の発表がひかえていた私は、発表用のポスターとテニスラケットを両手に持って松本入り~

学会発表の前にテニス大会が催された・・、と記憶してるけど、なんだか曖昧・・・

後にも先にもラケットを持って学会に行ったのは、あの時だけですねぇ




テニスといえば、自分で言うのも変だけど私は医局のエース

東部総会の時は、学生時代一緒にテニス部だった同期入局の友達とダブルスで参戦

そして、その時の一回戦の対戦相手が当時助教授だった塚本先生のペア


結果は・・・、私たちの勝利~

先生すみません・・・、年齢や立場を無視して、本気で戦ってしまいました

なぜか、その後の対戦相手のことは全く憶えていないけど

結局私たちは準優勝~


発表も無事終わり、美味しいおそばをいただいて、楽しい学会でしたねぇ・・・



その後何年か経って、塚本先生にお会いした時、

先生もテニス大会のことを憶えていてくださって


でも、私が札幌医大の同門に入る日が来るなんて、その頃は考えもしなかったなぁ・・・

人生、って不思議ですねぇ・・・



そんなご縁があったから・・、というわけではないけれど

私が札幌に帰って、知人の紹介で塚本先生のところにご挨拶に伺った時には

とても優しく、同門会入会を歓迎してくださいました




ところで、札幌医大泌尿器科教室は、塚本先生のお人柄のようにとても明るく、開放的

しかも臨床はもちろん、研究熱心で、患者様にも優しい


私が勤務医だったころは、手術症例検討会や、画像読影会に参加していましたが

教授といえども、自分が診ている患者さんのプレゼンをしたり

治療方針をみんなで検討したり・・・

診療についてはみんなが対等にディスカッション

教授だからと言って、独断的だったり、偉そうにすることが全くなくて・・・

それは、全て患者さまのことを考えているから、なのです



実は、私が開業する時に最初に相談にのっていただいたのが塚本教授

家族に反対されて悩んでいた時

塚本先生にお会いして、自分の気持ちを聞いていただきました

すると先生は

「いいんじゃないかなぁ・・、やったらイイよ、患者さんのことは大学がバックアップするから」

とおっしゃて下さって

その言葉に私は背中を押されたのでした・・・

しかも、開業後もいつも気にかけて下さって



先生は「そんなこと言ったかもしれないねぇ・・・」なんて、

いつものようにさらっと受け流してしまわれるけど

私は今でも、その時のことを考えると、感謝の気持ちでいっぱいになるのです




ところで、先生は、退官後数年間は、医学とは違う勉強をする予定、とのこと

退官後は名誉教授になったり、仕事を続ける先生も多いのですが・・・


その理由を伺ったとき先生はこうおっしゃいました

「医局員には、自分が教えられることはすべて教えたから、もう伝えることは何もない」


そこまで言い切れて、

医局員の信頼も得ているなんて・・・

とても素敵です



医者は専門家になりすぎて、医学以外のことを知らない人間が多いけど

勿論そんな私もそうかもしれない

でも、自分の足りないところを埋めたい、と思う欲求や好奇心は

いくつになっても大切・・、そんな気がします

それこそ究極のアンチエイジングですねぇ~

見た目だけじゃない!!



だから、私も、もし生活に余裕があれば、まったく別のことも経験してみたいですねぇ

まぁ・・・、今となっては医者であり続けるしかないかもしれないけど・・・

せめて、時間のある時にいろんな本を読んで、ほかの分野の勉強もしたいなぁ・・・



なんて、決意を新たに



そして、いろんな先生と歓談しているうちに、あっという間に時間は過ぎて・・・



最後に、同門会長からご挨拶があり、ひとまず中締めに




塚本先生、長い間お疲れ様でした


そして、ありがとうございました


先生の第二の人生を、蔭ながら応援しています



数年後に、泌尿器科医としてさらにパワーアップして戻られることを


楽しみにお待ちしています!!



この記事へのコメント

太朗冠者
2013年03月30日 09:20
寂しくなりますね。(^O^)
ほのぼの
2013年03月30日 21:59
太朗冠者さんコメントありがとうございます
そうですね・・・、大学にいらっしゃらないと思うだけで、とても寂しいです
でも、札幌医大泌尿器科がなくなるわけではないので、先生の教えを忘れずに頑張りたいと思います
爺yasu
2013年04月03日 14:43
どんな職業でも職場を去ると言うのは
寂しくて悲しいものですね!

ほのぼの先生も辞める時が来るまで
悔いの無い時間を過ごして下さい

ほのぼの
2013年04月03日 22:24
爺yasuさんコメントありがとうございます
今までいろんな職場で働いて、何度も送別会をしていただきました。
悲しい気持ちと同時に、新たな道への希望もありましたね
人生は出会いと別れの繰り返しだと思います。
別れがあるからこそ、新たな出会いがある・・・、いつもそう思って前を向いて歩いてきました
今の私が辞めるということは、このクリニックがなくなる、ということなので、ちょっと悲しいですね・・・
その日がいつ来るかわかりませんが、毎日を一所懸命生きたいと思います

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